ふみの森もてぎ落成式

 平成28年7月15日、「ふみの森もてぎ落成式」が行われました。元禄16年(1703年)創業の酒造蔵元ほか、隣接する1900坪の土地に、町有林材をふんだんに活用した「まちなか文化交流館〈ふみの森もてぎ〉」の落成です。棟札によると弘化3年(1848年)という仕込み蔵の梁や柱を活用した“ギャラリーふくろう”に設けられた式典会場には、来賓および招待者、関係者など総勢120名が顔を揃え、玄関前で行われたテープカットまで、茂木町の新しい文化拠点のスタートをお祝いしました。

【古口達也町長による式辞】

宝探しinふみの森

 7月17日、ふみの森もてぎグランドオープンの翌日、図書館には朝からたくさんの子供たちの元気な姿でいっぱい。「宝探しinふみの森」と題されたイベントが開催されました。主催したのは「なでしこの会」で、ふみの森もてぎを支えるサポーター組織の「ふみの森の仲間たち“こだま”の会」に登録しているボランティア団体です。

「コロナ」の時代を超えて

ふみの森もてぎは3月7日から臨時休館になっています。いうまでもなく新型コロナウイルスによる感染症拡大を防止するための対応です。現在、国内の多くの公共施設が同様にやむをえざる選択を強いられています。今年初め中国で新型の感染症発生が伝えられた頃、それは文字どおり対岸の火事のように思われましたが、病は瞬く間に全世界にひろがり、いまや人類を脅かすパンデミックとなってしまいました。当館は4月から再開する予定ですが、今後の成り行きは予断を許しません。

 

このような折に個人の身の振り方に属することで恐縮ですが、私(関)はこの年度末をもってふみの森もてぎの館長職を退任させていただくことになりました。当館の発足からまもなく4年、多くの皆様のご支援・ご協力のおかげでなんとか任務を遂行してまいりました。まだ残された課題も多く、力が及ばなかった点もあり心苦しい限りですが、ここを一区切りとしてふみの森の今後の発展を後任の館長と新年度のスタッフに託したいと思います。

 

さらに個人的な思いを述べさせていただければ、私は昭和の高度成長期より前の時代にこの町に生まれ、高校を卒業するまで、けっこう賑やかで子どもの数も多かったまちなかで育ちました。その後は故郷を離れた暮らしが長く続き、茂木は「遠きにありて思うもの」となっていました。しかし人生何が起こるかわからないもので、中心市街地拠点施設(当時の名称、現・ふみの森もてぎ)の立ち上げに参画することになり、5年前、45年ぶりに茂木に居を移しました。以来これまでの日々は、私にたくさんの「茂木再発見」の機会を与えてくれました。茂木の自然・歴史・文化をあらためて身近に知り、感動を覚えるとともに、それがふみの森での仕事につながったのは実にありがたい経験でした。

 

ふみの森について振り返れば、図書館の設置や市街地の活性化を願う町の民意を、町長がよく酌んで建設を決意し、立案・設計・施工・整備に関係者が創意を凝らしました。開館後は多くの人々が好意的にこの施設を迎え、また熱意をもって展示やイベントに関わってくださり、さらには羽石光志作品や茂木文書をはじめ数々の資料の厚意ある寄贈も受けて、現在までふみの森は生長してきました。人口減と少子高齢化の厳しい状況下でも、町と町の人々が文化への志と意欲を失なうことなく、茂木の未来のために強い意志をもって、ふみの森を創り、育てていくことには大きな意味があり、またふみの森の存在意義もそこにあるのだと思います(以上「意」を尽くせたでしょうか)。

 

この連載の第1回のタイトルは「『配信』の時代に」というものでした。膨大なデジタル情報がオンラインで配信される時代に、ふみの森もてぎは人々が実体あるモノとしての図書館資料や展示作品に出会い、また人と人が出会い交流するリアルな空間となることを強調しています。これに対して、今回の未知のウイルスは人と人を分断し遠ざけようとしているかのようです。人類はいつかこの疫病を克服するはずですが、そこまでの道のりは長く困難なものになるかもしれません。社会や文化、人と人のコミュニケーションも変容していくでしょう。しかしどのような時代になったとしても、茂木町という地域は存続し、ふみの森の施設と機能は決して「不要不急」にはならないはずです。ふるさとと森の未来を信じたいと思います。

 

最後に、今日までお世話になった多くの方々、ふみの森もてぎを訪れ活用してくださった町民と利用者の皆様、そしてこの連載に目を留めていただいた各位に、心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。

2020331日)

 

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